べっぴんさん|坂野惇子が子供服を作った理由は?すみれとの違い

 

朝ドラ『べっぴんさん』では、すみれの作った小物や雑貨は

一向に売れる気配がありません。

 

食べていくにも不自由な時代でしたから、やはり生活必需品でもない

それらは必要とされません。

 

そのため彼女は手芸教室を開いたりしましたが、収入を得ることは

できませんでした。

 

ところですみれのモデルとなっているのは、

子供服大手のファミリアの創業者の坂野惇子です。

 

彼女が子供服を作ったきっかけは、どのようなものだったのでしょうか?

 

ドラマのすみれも最終的には子供服やベビー用品のお店を開いて

成功するでしょうが、両者には大きな違いがありました。

 

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坂野惇子が子供服を作った理由は?すみれとの違い

 

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まずドラマのすみれですが、子供服やベビー用品を作るきっかけと

なるのは、エイミー(シャーロット・ケイト・フォックス)との

やり取りを通してです。

 

明美に知恵を授かって彼女が望む西洋式のおむつを苦心して

作ることに成功しますが、その後に良子や君枝を巻き込んで

ベビードレスを作り上げます。

 

エイミーや夫のジョンの喜びは大きかったので、すみれは雑貨などよりも

多くの人に喜んでもらえるベビー用品を製作することになります。

 

まさにドラマではエイミーとの出会いから、タナボタのように

ベビー用品に向かいますが、その過程でかなり苦労するので

共感はできるように思えます。

 

しかもその間に明美との溝は埋まっていきますし、女学校時代の

手芸倶楽部のメンバーも復活しますから、見どころも多そうですね♪

 

で、モデルの坂野惇子の場合はドラマの経緯とは大きく異なりました。

 

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惇子は田村江津子や光子とモトヤ靴店の店先に店舗を出すことは

決意しますが、何を売るかについてはかなり悩みました。

 

※この時点で村井ミヨ子は参加していない

 

当初はドラマのように小物や雑貨を売る手芸店を考えていましたが、

普通過ぎて芸のないことに気づきます。

 

そこで相談したのは父親の佐々木八十八(坂東五十八のモデル)でした。

 

周知の通り、彼は戦前に一代で佐々木営業部という日本最大の

メリヤス会社を興した人物です。

 

そしてその際の彼の答えは、「朝から晩まで住み込みで働くような店か、

それができないなら他の店に置いていない独自の商品を作るべき」

といったものでした。

 

彼女たちは全員主婦でしたから住み込みで働くことは無理と考えて、

独自の商品を作ることにしました。

 

そこで惇子が提案したのは、子供服やベビー用品を商品に据えることです。

 

当時はそれらは古着や安価な布などで自分で作る時代でしたから、

売っているお店自体がほとんどなかったのです。

 

しかも惇子はベビーナースの大ヶ瀬久子に、江津子も下岡仲子に

赤ちゃんのためになる衣服や道具の作り方を教わっていましたから、

それらを商品づくりに活かすこともできます。

 

光子もこれには賛成し、彼女たちは

「自分の子どもに着せるつもりで作る子供服」を

商品にすることを決めます。

 

その後、村井ミヨ子が合流して、彼女たちはベビーショップモトヤを

開店するに至ります。

 

史実はこのような経緯でしたが、ドラマのほうが話が盛り上がりそうですね♪

 

特に明美はすみれに敵意すら感じていますから、徐々に心を開いて

和解していく様子は大きな見どころになるでしょう。

 

彼女たちの商売にも注目です!

 

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